本日のブログは、スタッフIが美術展の鑑賞レポートをお届けします。
20世紀最大の巨匠の一人に数えられるアンリ・マティス。
東京六本木の国立新美術館で、切り紙絵に焦点を当てた「マティス 自由なフォルム」展が、2024年2月14日(水)~5月27日(月)の日程で開催されていたので鑑賞してきました。
本展ではフランスのニース市マティス美術館の所蔵作品を中心に、切り紙絵に焦点を当てながら、絵画、彫刻、版画、テキスタイルなどの作品や資料、約160点を紹介しています。
同館が所蔵する切り紙絵の代表的作例である《ブルー・ヌードⅣ》が出品されるほか、
本展のためにフランスでの修復を経て日本初公開される大作《花と果実》は必見です。
さらに、マティスが最晩年に取り組んだ、芸術家人生の集大成とも言えるヴァンスのロザリオ礼拝堂にも着目し、建築から室内装飾、
祭服にいたるまで、マティス芸術の至高作品が展開されています。
マティス 自由なフォルム(国立新美術館)鑑賞レポート
全5セクション、161点もの作品が展示されている本展。
- 色彩の道
- アトリエ
- 舞台装置から大型装飾へ
- 自由なフォルム
- ヴァンスのロザリオ礼拝堂
絵画、彫刻、版画などの作品に加え、第4セクションから展示されている切り紙絵の代表的作品《ブルー・ヌードⅣ》《花と果実》、マティス芸術の集大成「ヴァンス ロザリオ礼拝堂」などが見どころです。
絵画、彫刻、版画、テキスタイル作品・資料
20世紀を代表する巨匠の一人であるアンリ・マティス(1869-1954)は、自然の色彩に縛られない大胆な表現を特徴とするフォーヴィスムの中心人物としてパリで頭角を現しました。
さかのぼれば、故郷の法律事務所で働いていた頃、体調を崩して病に倒れ、母親から絵具箱を買い与えられたことが、マティスと芸術の出会いでした。
パリの国立美術学校でギュスターヴ・モローに学んだ後、マティスは南フランスのトゥールーズやコルシカ島に滞在。
まばゆい光あふれるこの地の気候が、色彩を解放する絵画を生み出すきっかけとなり、光の表現を探求するスタイルを初めて取り入れるようになります。
単純な線のはずなのに、画面から伝わる躍動からマティスと分かる、唯一無二の線。
前出の《ダンス、灰色と青色と薔薇色のための習作》同様、2~3色の配色、線、形でマティスと判別できる造形は、“マティス本領発揮”を感じる顕著な作品と言えるかもしれません。
1930年、アメリカのバーンズ財団の装飾壁画の注文を受けたマティスは、約13メートルを超える壁画にダンスを主題としてダイナミックに動く人物を描き、この仕事を契機として大型装飾に職業的使命を認めることになります。
これらの時代に描いていた油彩作品のほか、舞台装置や衣装デザインも多く展示されていましたが、写真撮影NGのためお見せできません( ノД`)
切り紙絵《ブルー・ヌードⅣ》《花と果実》で魅了
晩年に大病を患って以降、新たな表現手法として精力的に取り組んだのが「切り紙絵」でした。
切り紙絵を通して、マティスは色彩とデッサンの関係を刷新していきます。
筆とカンヴァスに代えて、紙とハサミを主な道具とし、芸術家人生の集大成というべき境地に達しました。
マティス本人がパリとニースの画材店で、グアッシュと呼ばれる水性絵具を吟味して購入。
グアッシュを使ってアシスタントが紙に着色し、そこからさまざまな形のハサミを使って切り取り、(大型作品ともなれば)ピンを使って壁に固定。壁を支持体とすることで、配置や位置の変更、改変をスムーズに行うことができたのです。
マティスの切り紙絵は、色画用紙みたいな紙を切って制作していると思いこんでいました。
全然違いました…無知でした…しかもそれは「切り紙絵」ではなく「切り絵」ですし(。>﹏<。)
本作は、ニース市マティス美術館のメインホールで来場者を迎える切り紙絵の大作《花と果実》。
マティスの切り紙絵の中でも巨大な部類に入るこの作品は、5枚のカンヴァスがつながって構成されており、横8.7m×縦4.1mもの大きさです。本展の出品にあたり2021年に大規模な修復が行われました。
壁面の一面を覆う広大な画面はあたかもタペストリーのようで、鮮やかな色彩によって装飾的豊かさが加わっています。
本展を通して「マティスは静物画も上手かった」こと(無知ですみません(T_T))と「切り紙絵の手法」を知りましたが、もう1つ、切り紙絵で作ったマケット(試作、雛型)を転写して陶板壁画を制作していたことも初めて知りました。
直接パレットから色を取ったり、自分の思い描く色をアシスタントに指示して紙を彩色させることとは違い、陶板転写の場合、その場で色の出方が正確に図り得ません。
だからこそもともとのグアッシュの色を最大限忠実に再現するために、複数の釉薬を用いた試作を重ねる必要があります。その試作が膨大。
また陶板要素は完成すると、漆喰で覆ったコンクリートのバネルにはめ込まれ、輸送を簡易化するため画面は複数の部分に分解され、設置現場で組み立てられました。
数あるマティスの表現方法の1つとして確立した陶板壁画。
本展ではその裏側も含めてうかがい知ることができました。
女性の身体を美しく、かつシンプルに表現した《ブルー・ヌードIV》。
タイトルの通り構図が異なるものが4種類存在し、本作は“4番目”の作品です。
ただし、本作にだけ木炭による下書きの線が残されていることから、一番最初に着手されたものの、一番最後に完成した作品とされています。
下書きの線を残したのは思考の過程を見る人に共有したかったからなのか?
極限にまで削ぎ落としたにもかかわらず量感の伝わる迫力なのは、体の構造を知り尽くしたマティスが、女性に見える最小表現を駆使しながら、体の部位や陰影を立体的に端的表現するために“さまざまなブルー”を組み合わせたからなのか?
シンプルだからこそ、鑑賞の妄想が止まりません…。
《花と果実》やロザリオ礼拝堂といった見どころの詰まった本展、尽きない想像をかき立てられた作品は《ブルー・ヌードIV》でした。
1946年から52年にかけて、マティスは顔をモティーフとした筆と墨によるデッサンを数多く制作。これら筆によるデッサンは、ヴァンスのロザリオ礼拝堂の陶板壁画にもつながっていきます。
ヴァンス「ロザリオ礼拝堂」で一日の移ろいを体感
マティスは、フランスのニースから約20kmの場所にあるヴァンスのロザリオ礼拝堂の建設に、1948年から4年間にわたって携わり、自身でもそれを芸術人生の集大成とみなしています。
きっかけは、マティスのアシスタント兼モデルであったモニク・ブルジョワが1944年に修道女となり、礼拝堂建設についてマティスに助言を求めたことに始まります。
当時マティスはニースの戦火を避けてヴァンス礼拝堂近くに移住しており、神父や建築家らとともに、1947年から礼拝堂の建築と室内装飾のデザインを始め、1951年に作り上げました。
採光にこだわった設計の礼拝堂の内部構造は非常にシンプルで、3点の陶板壁画と3組のステンドグラスで構成されています。
陶板壁画について本展には、それらの習作であるデッサンの《聖ドミニクス》、
《星形のある背景の聖母子》、
《十字架降下》が出品されています。《十字架降下》は、キリストの受難から復活までの14の場面を表した「十字架の道行(じゅうじかのみちゆき)」の中で13番目の場面に位置づけられるものです。
実際の礼拝堂内は、祭壇奥の北側壁面に《聖ドミニクス》が、
身廊の北側壁面に《聖母子》、東側壁面に《十字架の道行》が設置されています。
また、ステンドグラスはいくつかの案が切り紙絵で制作され、
試作段階で創られたのが切り紙絵《蜜蜂》でしたが、
最終的には、生命の木をモチーフにした青、黄、緑の3色に決定しました。
ステンドグラスを透過して内部に差し込む、色のある光は礼拝堂の特徴のひとつです。
礼拝堂内の床や壁に差し込む光は、夜明けから日暮れにかけて、1日のうちで移り変わります。
また、季節によっても礼拝堂内に差し込む光の量は変化し、礼拝堂を見るのに一番好ましい季節は冬で、時間は朝の11時だと、マティスは語っています。
本展では、礼拝堂で光の移り変わりを撮影した映像を参考にして、時間を圧縮した映像を新たに作り直し、複数のプロジェクターで再現、ステンドグラスを通して差し込む、1日の光の移ろいを体感することができます。
動画撮影は禁止なので、写真を撮って連続GIFにしてみました↓
映像で見ていたロザリオ礼拝堂の光の移ろいとはまた違って、実際にインスタレーションとして体感できて肌感覚を味わえました。“中に入る”という感覚は、映像には代えがたいものですね。
たからこそ、いつかはヴァンスまで行って、“本物の中に入って”みたい…!
ニース市マティス美術館
マティスが後半生を過ごした南フランスのニースに位置し、ローマ時代の遺跡が残る、緑に囲まれた高台に建つ美術館です。
マティス自身と彼の相続人がニース市へ寄贈した作品群を中心として1963年に開館し、幾度かの改装を経て、コレクションの充実と施設の拡大が図られました。
マティスの初期から晩年にかけての絵画、素描、版画、切り紙絵、彫刻など計1,500作品だけでなく、彼の創作に欠かせなかったオブジェなどを所蔵することでも知られています。特に、切り紙絵の最も重要なパブリック・コレクションを有し、マティス芸術の全体像を理解するのに重要な存在となっています。
会場内は、一部写真撮影OK
本展では、展示室内の撮影OKセクションであれば、すべての作品の写真撮影が可能です。
ただし動画撮影は禁止です。
マティス 自由なフォルム(国立新美術館)まとめ
マティスは「体の構造や組織を不正確に描写しても、人物の内に秘められた本質的な真実が隠されてしまうことはない」と証明しようとしていました。
これまで絵画や彫刻で表現してきた造形描写を、着色した紙を自在に切り、重ね、貼り、わざと隙間を作ったりすることで、切り紙絵として昇華させていく。
時代時代に沿った自分の状況を陽転思考で受け入れ前進するさまは、“置かれた場所で咲きなさい”の言葉を体現する人生なのだろうか。
“色彩の魔術師”と称されるアンリ・マティス。
絵画、彫刻、版画から切り紙絵、礼拝堂の空間デザインまでこなすマティスは、ジョルジョ・デ・キリコと同じように“ひとり絵画様式”と表現できるのでは。
個人的には“色彩”を超えた“造形の魔術師”と捉えています。
アート作品を見て、感じ方は老若男女、人それぞれ千差万別。感じ方に正解はないけれど、読み取り方は鍛えられると思っているので、これからも見聞を広げていきたいですね。
この記事を書いた人:スタッフI
マティス 自由なフォルム(国立新美術館)開催概要
■展覧会名
マティス 自由なフォルム
■会場
国立新美術館 企画展示室2E(東京都港区六本木7-22-2)Googleマップ→
■会期
2024年2月14日(水)~5月27日(月)
休館日:火曜日
■開館時間
10:00~18:00
※入室は閉室の30分前まで
■チケット料金 ※東京展の情報です。
一般2,200円、大学生1,400円、高校生1,000円
※中学生以下は入場無料
※障害者手帳をご持参の方(付添の方1名含む)は入場無料
■公式サイト
https://matisse2024.jp/