本日のブログは、スタッフIが美術展の鑑賞レポートをお届けします。
横浜駅東口にあるそごう美術館(そごう横浜店 6階)で、多彩なミュシャ芸術の魅力をひもとく「ミュシャ展 マルチ・アーティストの先駆者」が、2024年11月23日(土・祝)~2025年1月5日(日)の日程で開催されていたので鑑賞してきました。
ミュシャの多彩な芸術活動に焦点を当てた本展では、チェコ在住の個人コレクター、ズデニェク・チマル博士のコレクションから厳選された約170点の作品が展示。
その中には、貴重な直筆作品約60点や、初めて日本に来る約90点の作品も含まれ、書籍やプロダクトデザイン、素描、水彩、油彩画など、多岐にわたる作品が展覧されていたのでご紹介します。
ミュシャ展 マルチ・アーティストの先駆者(そごう美術館)鑑賞レポート
アール・ヌーヴォーを代表する作家として知られ、のちにチェコの国民的芸術家となったアルフォンス・ミュシャ(1860~1939)。
チマル・コレクションから、多岐にわたる初来日作品がお披露目。約170点におよぶ出品作品のうち、半数以上にあたる約90点が初来日作品となります。
成功の頂点ーポスターと装飾パネル
本展の目玉となっている、演劇ポスターが並びます。
ミュシャが無名時代、女優サラ・ベルナールの舞台《ジスモンダ》のポスター制作に携わったことが、ミュシャの人生を大きく変える転機となりました。
《ジスモンダ》のポスターが評判となり、サラ・ベルナールと正式に契約を結び、6年間にわたって彼女のためのポスター、舞台装置、衣装、ジュエリー、ヘアスタイルなどを手掛けることに。
その才能は広く認められてアール・ヌーヴォーを代表するアーティストとしての道が切り開かれていきました。
デジタルツールが当たり前の現代とは異なり、1つ1つを手作業で生み出していた時代。
一画一画の太さや形状、比率、傾斜角度まで、フォントデザインそのものから“産み出される”緻密な美しさは、デジタルネイティブ環境でしかデザインをしたことのない私にとって、新鮮な驚きと強烈な刺激を与えてくれます。
会場には連作、シリーズもの作品もいくつかありました。
1899年 リトグラフ/紙
ミュシャが手掛けた最初の装飾パネル、《四季:春、夏、秋、冬》。
1896年の出版時、出版社の手違いで春と夏の図版を入れ替えて印刷されたものの、ミュシャはそれを承認したそうで、出版時の順番を尊重して展示されています。
《一日:朝の目覚め、昼の輝き、夕べの夢想、夜の安らぎ》
1899年 リトグラフ/紙
ゴシック様式の窓の中にいる女性たちは、朝に目を覚まし、昼に生命を輝かせ、夕方にまどろみ、そして夜は眠りにつく…それぞれ1日の異なる時間帯を表現した《一日:朝の目覚め、昼の輝き、夕べの夢想、夜の安らぎ》。
左《ビザンティン風の頭部:ブルネット》1909年
右《ビザンティン風の頭部:ブロンド》1900年
対に描かれた《ビザンティン風の頭部》。
まさか9年も制作年が離れていたとは、驚きです…。
優美な女性像と装飾的な図案を組み合わせたミュシャの連作。シリーズとして収集したくなる魅力は、制作から100年以上を経た今なお、多くの人々の心を捉えて作品を追い求める人が後を絶たないのも納得です。
《ビザンティン風の頭部》の装飾皿もありました。
1896年 リトグラフ/紙
こちらは、1838年、フランス人のジャン・バルドゥによって創業された煙草巻紙メーカー「ジョブ」の商品広告ポスター。
彼は企業のシンボルマークを決めるにあたり試行錯誤を繰り返した結果、「J♢B(JとBのあいだにダイヤモンド形を配置)」というロゴマークを採用しました。
世間に広まるにつれて、「♢」を「O」と認識する人が増え、「JOB(ジョブ)」の愛称で親しまれるようになり、正式に「JOB」として登録されるに至ったそうです。
という、興味深い成り立ちを鑑賞前に同僚スタッフが教えてくれたおかげで、解説パネルのない展示でも、作品への理解が深まり、より親しみを持って鑑賞することができました。
時として、鑑賞に“ストーリー”は重要ですよね!
JOB社は「優雅に煙草をくゆらす女性」をモチーフにしたポスター広告を著名画家たちに依頼し、男性中心だった煙草市場を女性層にも広げることに成功、パリの女性たちのあいだでも喫煙が洗練された趣味として普及させることにもつながりました。
後日、インターネットで他の画家たちが手がけた当時のJOBポスターをいくつか拝見しましたが、ミュシャの《ジョブ》は、やはり群を抜いて洗練されていると感じました。100年以上経った今でもそう感じるのですから、当時の広告としてのインパクトはさらに大きかったのではないでしょうか。
JOB社の販促活動は街頭ポスターにとどまらず、人気デザインのポストカード化も実施することで、芸術性の高い広告デザインを、より親しみやすい形で人々に届けることに成功しています。
戦略って大事ですね(^o^)
唯一無二のオリジナル作品
《鏡を持つ少女》のような油彩画作品や素描、貴重な当時の写真なども数多く展示されています。
鏡を覗き込む少女の髪を飾る大きなヒナゲシは、ミュシャが好んで作品に取り入れた花の一つ。
この作品の額縁は、ミュシャ自身がデザインしたオリジナルです。
また、この作品とポスターの《ジョブ》の雰囲気が似通っていることから、何か関係があったことが推測されているそうです。
1932年 油彩/カンヴァス
油彩画《エリシュカ》のモデルとなった、16歳のエリシュカ・ポリーフカの写真も紹介されており、油彩画作品とあわせて楽しむことができます。
プライヴェートな生活の記録
友人であり親交の深かったポール・ゴーガン(1848~1903)との写真も。
生活のなかのデザイン
1897年 金属板をプレスした上にエナメル塗装
本展で初めてミュシャが看板も手掛けていたことを知ったのが、この宣伝用看板《ブル・デシャン》。
演劇ポスターのような仕上がりのデザインを立体加工させるなんて…いま考えると贅沢の極みな“実用的看板”ですね…。
ミュシャがデザインした紙幣や切手もありました。
1918年に独立したチェコスロヴァキア共和国を記念して、無償で紙幣デザインを手掛けるなど祖国に貢献してきたミュシャ。
さらに、彼は切手や有価証券のデザインも手掛けることで、新国家の文化的象徴の発展にも寄与しました。
10コルナ紙幣のモデルは、ミュシャの愛娘ヤロスラヴァ。
ほかにも商業看板や商品パッケージ、レストランのメニュー表、香水瓶、扇子…などなど多数の作品が展示されていました。
1901年 ガラス細工
1902年 リトグラフ/紙、木
1899年 銀メッキ/真鍮
「切手箱がこんなにオシャレなんて…」と背面に回って、じっくり観察。
経歴などを紹介
アルフォンス・ミュシャ
1860年7月24日、現在のチェコ共和国南東部のイヴァンチッツェに生まれる。
1887年、27歳のときパリへ向かい、アカデミー・ジュリアンに入学。
書籍の挿絵の仕事を受け持ちながら生活するなか、1894年の年末にパリの大女優サラ・ベルナールのためのポスター《ジスモンダ》を手掛けることになる。このポスターが評判となり、サラ・ベルナールと正式に契約を結び、6年間にわたり彼女のためのポスター・舞台装置・衣装・ジュエリー・ヘアスタイルまで手掛けた。アール・ヌーヴォーの代表的な作家として躍進する。
以降、祖国チェコのための作品に力を入れ、1911年にスラヴ民族の歴史を描いた連作《スラヴ叙事詩》の制作を始める。
1918年、オーストリア・ハンガリー帝国が崩壊。新しく建国されたチェコスロヴァキア共和国の国章、郵便切手と紙幣のデザインを無償で引き受ける。
1928年、プラハのヴェレトルジュニー宮殿における展覧会の際、プラハ市に《スラヴ叙事詩》全20点を寄贈。
1931年、プラハ城の聖ヴィート大聖堂のステンドグラスをデザイン。
1939年7月14日、78歳プラハにて逝去。
ズデニェク・チマル博士
ミュシャの故郷、チェコ共和国モラヴィアに住む医師のチマル博士は、博士の両親および祖父母によって購入された作品群を現在の形に高めた。
チマル・コレクションはきわめて包括的にミュシャの作品を多数収蔵するコレクションの一つで、有名なポスター作品に加えて、初期作品や日常の中で使われる製品、素描含む多数のオリジナル作品が特徴的。作品だけでなくミュシャの私的な生活を示す資料も豊富。
チマル博士のコレクションの一部は2009年10月15日から2010年1月24日までブルノで開かれた「アルフォンス・ミュシャーベル・エポック、チェコの巨匠」展において初めて公開された。以降、コレクションの主な作品群はチェコ共和国、ハンガリー、スロヴェニア、そして日本の多くの都市で展覧されている。
会場内は、一部を除いて写真撮影OK
映像ブース内以外は写真撮影OKだったので、特にプロダクトデザインを撮影し尽くしました。ぜいたくな時間。
ミュシャ展 マルチ・アーティストの先駆者(そごう美術館)まとめ
本展で初めて、これほど多くのミュシャの商業作品に触れることができ、時代の制約こそが創造性を刺激する源泉になり得るのかもしれないと感じました。
もっとも、当時のアーティストたちにとって、それは「制約」ではなく「当たり前」だったはず。きっと彼らもまた、古典期の作家たちを思い、技術や材料の制限に想いを馳せていたのかもしれません。
便利さを追求することは、考えることを削ぐことでもあり、時として創造的な思考の機会を失うことにもつながるのではないでしょうか。
パターンデザインを見ていると、ウィリアム・モリスが思い浮かびます。
産業革命後、機械による大量生産品があふれる時代に抗うように、実用性と芸術性の調和を追求した「生活と芸術の一致」を掲げたのが、アーツ&クラフツ運動でした。
その先駆者であるウィリアム・モリスは、「商業製品にアートを取り入れる」というコンセプトを体現していた印象を受けます。
一方、ミュシャは「アートで商業製品を表現する」ことで、広告ポスターなどを芸術の域にまで高めたような印象です。
あくまでも個人的な見解ですが、両者ともにプロダクトデザインと芸術の融合という共鳴する理念を宿していた点は同じだったと言えるのではないでしょうか。
そこからミュシャは《スラヴ叙事詩》へと進んでいくのが、またおもしろいところです。
“2025年の自分”で、2017年の「スラヴ叙事詩展」をもう一度観てみたい…と感じる今日この頃です。
この記事を書いた人:スタッフI
ミュシャ展 マルチ・アーティストの先駆者(そごう美術館)開催概要
■展覧会名
ミュシャ展 マルチ・アーティストの先駆者
Alfons Mucha Multitalented Artist
■会場
そごう美術館(神奈川県横浜市西区高島2-18-1 そごう横浜店 6階)Googleマップ→
■会期
2024年11月23日(土・祝)〜2025年1月5日(日)
■休館日
会期中無休
■開館時間
10:00~20:00
※入館は閉館の30分前まで。
※12月31日(火)、1月1日(水・祝)は18:00閉館。
※そごう横浜店の営業時間に準じ、変更になる場合があります。
■チケット料金 ※事前予約不要
一般1,400円、大学・高校生1,200円、中学生以下無料
※障がい者手帳各種をお持ちの方、およびご同伴者1名さまは無料で入館できます。
■公式サイト
https://www.sogo-seibu.jp/common/museum/archives/24/mucha/pdf/flyer.pdf