本日のブログは、スタッフIが美術展の鑑賞レポートをお届けします。
ずっと気になっていた、ドイツ・ドレスデン出身で現代アートの巨匠、ゲルハルト・リヒター(1932年-)による東京初の個展「ゲルハルト・リヒター展」。
東京千代田区にある東京国立近代美術館において、2022年6月7日(火)~10月2日(日)の日程で開催されていたので鑑賞してきました。
ゲルハルト・リヒターは、2012年に開催されたオークションで、存命作家の最高落札額2,132万ポンド(当時 約27億円)を更新するなど、世界のアートシーンで注目を集めてきた画家の一人でもあります。
本展では、リヒターが90歳を迎えた2022年、これまで手元に置いてきた初期作から最新のドローイングまでを含む約110点の作品で60年の画業を紐解きます。
注目作品として、ホロコーストを主題とした近年の最重要作品《ビルケナウ》も日本初公開。
また、《ビルケナウ》と全く同寸の4点の複製写真と、巨大な横長の鏡の作品《グレイの鏡》を伴って展示されています。
館内で撮影した写真とともに、ご紹介していきます。
「ゲルハルト・リヒター展」鑑賞レポート
開催場所は東京国立近代美術館で、最寄駅の東京メトロ東西線竹橋駅1b出口から徒歩3分の場所にあります。
東京都千代田区北の丸公園内にある東京国立近代美術館 本館は、国立西洋美術館や国立新美術館、国立映画アーカイブと同様、独立行政法人国立美術館が運営する美術館の1つです。
東京国立近代美術館は初めて足を踏み入れましたが、皇居周辺は何回来てもソワソワします笑。
日本国内の美術館におけるゲルハルト・リヒターの個展は、2005〜2006年にかけて金沢21世紀美術館・DIC川村記念美術館で開催されて以来、実に16年ぶり。
しかも東京の美術館での大規模な個展は、本展が初めてなんです。
本展には章構成に基づいた展示順序がないため、順路を気にすることなく自由に観て回れるのも特徴。
一般的な美術展ではなかなかやりにくい、「進んだり・戻ったり」を思う存分やりながら、気ままに鑑賞してきました。
展示されている作品カテゴリーの中から特におもしろかった5つを掘り下げて紹介していきたいと思います。
- フォト・ペインティング/フォト・エディション
- ガラスと鏡
- グレイ・ペインティング
- アブストラクト・ペインティング
- ビルケナウ
① フォト・ペインティング/フォト・エディション
フォト・ペインティング
まず1つめは、フォト・ペインティング。
1950年代末には壁画家として活動しており、紆余曲折を経て画家の主体的な意志や作為自体に疑念を抱くようになったリヒターは、写真をできるだけ正確に写し取るようにキャンバスに描き始めました。
なぜならカメラを介したイメージであれば、構図も構成も画家が判断しなくて済む、すなわち主体的な判断を回避しつつ描くことが可能だったから。
リヒターは、このフォト・ペインティングによって画家としてのキャリアをやり直した経緯があるのです。
広告写真をプロジェクターでキャンバスに投影して忠実に描き、刷毛で表面を擦ることで生じる“ぼけ”。
絵の前に立ってじっと観ていると、絵画の主観性と写真の客観性のあいだで絵画なのか写真なのか“境界”が曖昧になってくる作品シリーズです。
フォト・エディション
第二次世界大戦に従軍し命を落とした、リヒターの叔父ルディの“写真をもとに描いた絵画を撮影した写真作品”シリーズ、《フォト・エディション》。
リヒターは第二次世界大戦の記憶に基づく作品を生み出した先駆的な作家の一人とされています。
このような絵画を撮影した写真作品を、絵画とは別の「新しい作品」だと述べており、あえて焦点をずらして絵画を撮影し表面をぼかしています。
そしてなんといってもフォト・エディションの極めつけは、
アメリカのシカゴで起こった殺人事件の報道写真をもとに描いた絵画作品。
本展で展示されているこの作品は、この絵画作品を写真パネルとして再制作したものです。
報道記事によるセンセーショナルな情報は削ぎ落とし、どこか幸せそうな、日常的な表情のみを切り出すように描いているのが逆にリアリティを呼び起こします。
リヒターは1960年代に、このような無名の被害者をたびたび描いたそうですが…今だったら時代的に許されそうにない作品かもしれません。
② ガラスと鏡
2つめのシリーズは、《ガラスと鏡》です。
1967年以降、リヒターはガラスや鏡の作品をたくさん手がけてきました。
「把握することなく、見ること」
作品に繰り返し用いてきたガラスや鏡についてリヒターが語った言葉です。
写真やキャンバス、アルディボンドなど多岐にわたる素材を支持体として作品を描くリヒターですが、この何も描かれていないガラスと鏡の作品にいたっては“ガラスや鏡そのもの、そしてそこに映るものすべてを含めて作品”と言えるのかもしれません。
現に《8枚のガラス》も、それぞれのガラスが、それぞれの角度に調整されており、俯瞰で見るとガラスにアブストラクト・ペインティングやカラーチャート、ストリップなどのシリーズ作品が反射していました。
ところでリヒターは、男性用小便器を《泉》と命名したレディメイド作品で有名な(?)、マルセル・デュシャンに影響を受けており、この《8枚のガラス》作品もデュシャンの《階段を降りる裸体No.2》のようなリズミカルな角度を想起させているそうです。
会場にはいろんな種類のガラスと鏡の作品が展示されていますが、
その中でも、特に個人的に目を引いたのは、
1999年、ドイツ統一を記念する新しい連邦議会議事堂に設置された巨大作品のための試作の1つ《黒、赤、金》。
※実際に設置された作品は、同じ配色で横3m・縦20mにもなる縦長作品です。
※《黒、赤、金》は、正確に言うとカラーチャートシリーズになります。
国を代表する施設に設置する作品として、“国を代表する配色”を持ってくること。
(いろんな意味にとれる)血を思わせる赤に、荘厳な金。
当初はアウシュビッツのイメージを持ってこようとしていたらしい…(・□・;)
国を背負う威厳を感じ、この作品を見ていたらグラフィックデザイナーの巨匠、亀倉雄策氏による1964年東京オリンピックのロゴポスターを思い出しました。
シンプルでいて、とても力強い。
デザインの力(色彩・レイアウト・バランス)がある作品は、時代が変わっても輝きます。
議会議事堂に飾られている《黒、赤、金》も、永劫に輝き続けるのではないでしょうか。
③ グレイ・ペインティング
3つめは、《グレイ・ペインティング》シリーズ。
リヒターは灰色の色彩を「なんの感情も連想も生み出さない“無”を明示するに最適」と表現しています。
「灰色=無」
ネガティブなものを突き詰めてポジティブに転じようとすることが、リヒターにとって制作の基調になっているのです。
最初は「なんでこんなグレーの作品ばっかりあるんだ…」と遠目に見ていましたが、実際に近くで見てみると、灰色の絵とひとえに言っても作品によって色の調子や筆致がまったく違っています。
外壁塗装のようですね。
そしてこのグレイ・ペインティングシリーズは、やがてアブストラクト・ペインティングへとつながっていきます。
④ アブストラクト・ペインティング
4つめのシリーズは、《アブストラクト・ペインティング》。
これは1970年代後半、パレットの上にたまたま載っていた写真をフォト・ペインティングと同じように拡大して描くことから始まりました。
やがて「スキージ」と呼ばれる自作の大きく長細いヘラを使って、キャンバス上で絵具を引きずるように延ばしたり、削り取ったりすることで独自の絵画を生み出したもの、それがアブストラクト・ペインティングです。
スキージを画面に押し当てて粘度のある絵具を延ばしていく作業は重労働で、しかもその最中は作品全体を把握できないばかりか自らの動作が引き起こしている状況も予見できない上に、描いた結果もすぐには確認できません。
つまりこのような描き方は偶然を招き入れる方法でもあり、作為を排するにはいい方法なのだそうです。
また、基本的にはいくつかの太い線や広く塗られた色をかき消すように広げていくプロセスですが、風景などの具象的なモチーフを完成間近まで描きながら、それを断念し、上から絵具を塗りたくることでアブストラクト・ペインティングへと転じることも多いそう。
アブストラクト・ペインティングの下に具象的なモチーフが隠されている、という点では《ビルケナウ》と同じですね。
モノクロだったり原色のハッキリとした組み合わせが多いこのシリーズでは、《3月》という作品の配色が好きでした。
赤と青とスポットの白、朗らかな色が明るい季節を連想するこの作品。
《3月》というタイトルも「なるほど」と思える色彩です。
⑤ ビルケナウ
5つめのシリーズは、リヒター近年の最重要作品にして、日本初公開となる本展の目玉《ビルケナウ》です。
この作品は4点からなり(各 横200cm・縦260cm)、それぞれの下層にはアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所で密かに撮られた4枚の写真イメージが描かれています。
と言っても、アブストラクト・ペインティングのように絵具を塗り広げているため、下層にある写真イメージの痕跡を見つけることはできません。
メッセージ性の強いアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所の写真を秘めている点だけを考えても、主題があるということでアブストラクト・ペインティングよりも作品そのものに説得力が備わって見えます。
作品1つ1つが大きいということも強烈な存在感ですね。
この《ビルケナウ》作品の向かい側には、まったく同じ作品の写真プリント版が配置され、
横にはそれらを映しだす《グレイの鏡》も置かれています。
ほかにも展示室内には、強制収容所の内部を撮影した生々しい記録写真の複製も掲示されていて、非常に禍々しいオーラを放っていました。
ゾクっとしました( ノД`)
この写真の展示が、ビルケナウ作品を象徴的な作品に押し上げる一役を買っているのかもしれません。
※強制収容所内部の記録写真は、写真撮影不可です。
多種多彩な作品シリーズ
会場内には、これまで紹介したもの以外の作品シリーズも展示されています。
1970年代にリヒターが制作していた《カラーチャート》は2000年前後になるとガラスと組み合わされ、パブリックアートの領域で再起動されるようになりました。
2007年のケルン大聖堂ステンドグラスデザインもその1つで、ランダムな色彩の組み合わせ実験を繰り返すことで、その過程から《4900の色彩》が生まれたのです。
この作品は196枚のパネルから成り立っているので、展示空間に合わせて分解し大きさを変えて展示することも可能。
歴史ある宗教的建造物のステンドグラスにカラーチャートを持ってくるあたりが、コンテンポラリーアート要素に満ちたリヒターなりの発想なのだと思います。
灰色を基調としていた画家の変遷という面から見てもおもしろさがあります。
ほかにも、板に載せたラッカー塗料の上からガラス板をかぶせて軽く圧力をかけ、ガラス面に塗料を転写させる《アラジン》シリーズや、
断片的な線や面を画面全体に配置する《ドローイング》作品、
写真に油絵の具などを塗りつけた《オイル・オン・フォト》シリーズ、
デジタルプリントの《ストリップ》作品など、作品の種類は多岐にわたります。
2011年から始められたこのシリーズは、アブストラクト・ペインティングの作品を縦に細分化し、その0.3ミリほどの帯を横方向につなげていき組み合わせを取捨選択しながら並べ替えて……と画集にも制作方法が書いていましたが、何度読んでもよく分かりませんでした笑
ただ、リヒターが80歳を超えてからこのシリーズに取り組み始めた意欲、そして横10mにもなる作品を作り上げた情熱はヒシヒシと感じた作品でした。
コンテンポラリーアートの巨匠として有名なリヒターですが、
自分の子供たちを描いた《モーリッツ》や《エラ》などの肖像画や、
風景画作品も有名です。
ちなみに本展で個人的に一番好きだった作品が、この《ユースト(スケッチ)》。
副題に“スケッチ”とあるように、本当にラフに描いた黒いブラシ跡にしか見えないけれど、俯瞰で見ると風景画として成立しているという、この絶妙な筆致がすごい。
リヒターに限らず、アートやデザイン全般において、技術や知識で裏付けされた「必要最小限で魅せることができる能力」は尊敬に値します。
グッズショップで、美術展に行くと必ず買うクリアファイル笑。
哀しいかな、本展では販売していなかったため画集を購入しました。
一般的な美術展とは違った角度のグッズがラインナップされていたのが印象的でした。
そこもコンテンポラリー的発想なのかな…?
東京国立近代美術館所蔵の作品展示
本展開催に伴い、リヒター作品を含む東京国立近代美術館所蔵の作品群も、ゲルハルト・リヒター展のチケットで鑑賞することができます。
アブストラクト・ペインティングの《赤》が観れたのはお得感ありました。
これは制作プロセスが写真で記録され、公開されている珍しい作品でもあります。
ほかにも、パブロ・ピカソの《ラ・ガループの海水浴場》や、
アンリ・マティスの《ルネ、緑のハーモニー》を観ることができましたが、
亀倉雄策氏の商業ポスターデザインを観れたのはラッキーでした。
展望休憩室「眺めのよい部屋」
鑑賞に疲れた方は、展望休憩室「眺めのよい部屋」を利用してみて下さい。
いつも美術展を見終わる頃には腰が痛くて疲労困憊になるので、ありがたみを感じる休憩室。
大きな窓ガラス越しに皇居を見ながらゆっくりできて癒されますよ。
「ゲルハルト・リヒター展」まとめ
当記事では、東京国立近代美術館で開催の「ゲルハルト・リヒター展」について書いてきました。
王道の油彩画から写真やレディメイド作品、グラフィックデザインといった幅広い作品群が一堂に会する場に参加できたことは大きな感銘に。
灰色の世界からの色彩デザイン。
1人のアーティストの中で起こった作品変遷だからこそ、より一層おもしろみがあるのかもしれません。
「一貫しつつも多岐にわたる60年の画業を紐解きます」
開催概要に記載されているこの一文。
端的で納得です。
多種多彩な作品が展観されている本展。
十人十色の鑑賞者にも、“刺さる作品”が必ず1つは見つかると思います。
この記事を書いた人:スタッフI
「ゲルハルト・リヒター展」開催概要
■展覧会名
ゲルハルト・リヒター展
■会場
【東京会場】東京国立近代美術館(東京都千代田区北の丸公園3-1)Googleマップ→
会期:2022年6月7日(火)~10月2日(日) 10:00~17:00(金・土曜は10:00~20:00)
※入館は閉館30分前まで
※ただし、9月25日(日)~10月1日(土)は10:00~20:00で開館
休館:月曜日 (9月19日、9月26日は開館)、9月27日(火)
【愛知会場】豊田市美術館(愛知県豊田市小坂本町8丁目5番地1)Googleマップ→
会期:2022年10月15日(土)~2023年1月29日(日)
■チケット料金 ※東京国立近代美術館の料金情報です。
一般2,200円、大学生1,200円、高校生800円