わたしはぼうし。
風に身をまかせて、ふわふわふわふわ空を飛ぶのが大好きな気まぐれなぼうし。ぼうしっていってもいろいろあるわね。
麦わらぼうしに山高ぼうし。
男の子が大好きな、ちょっとかっこいいぼうしもあれば、
女の子が大好きな、きれいでかわいいぼうしもあるわ。
わたしはね、きれいなピンクのリボンがついた少しつばの広いぼうしなの。
だからもちろん、わたしが似合うようなかわいい女の子も大好きよ。
気に行った女の子がいると何年もその子と一緒にいたりもしたわ。
だけど、風に飛ばされて、ふわふわふわふわ空を飛んでいる時が一番好き。
時には小さな町の屋根の上で、時には林の中の高い木の枝でゆっくりと休むの。
でもね、まだ景色を十分に楽しんでいたいのに、わたしと同じくらい気まぐれな風にすぐに飛ばされてしまうこともあるのよ。
そうかと思えば、わたしが似合いそうなかわいい女の子を見つけて、
すぐにでも下りて行きたいのに、そんな時に限って、なかなかいい風が吹いてくれなくて、ずっとそこにいなくてはならない時もあったわ。
わたしの行く先はいつも風まかせ。
どこかに落ちてしまうのか、それとも、どこか高い所にひっかかってしまうのか、それも全て風まかせ。
もう少し、ふわふわふわふわ空を飛んでいたいのに、
急に風がやんでしまったこともあったわね。
地面に落ちたわたしをかわいい女の子が拾ってくれたこともあれば、
それほど高くない所にひっかかっていたわたしを見つけてくれた男の人が、
かわいい女の子にプレゼントしてくれたこともあったわ。
あれはいつのことだったかしら。
そうそう、確か春先の少し風が強い日のことだったわ。
いつものように風に身をまかせて、ふわふわふわふわ空を飛んでいたの。
風が強く吹いていたから、いつもより少し遠くまで飛ぶことができたわ。
そのうち風が弱くなって、わたしはゆっくり地面に落ちていったのね。
しばらくしたら、一人の小さな女の子がかけよって来て、
「うわ~、きれいなぼうし!」って言ってわたしを拾ってくれたの。
女の子がかぶるには、わたしは少し大きすぎたのだけど、
少しおませなその女の子は、わたしをとっても気に入ってくれて、
外へ出るときは「これじゃなきゃ嫌だ」と言って、
いつもわたしをかぶって出かけていたの。
風が吹くと、飛ばされないように、
小さな手でわたしをしっかり押さえていたのがいじらしかったわね。
でもねある日、少しだけ風が強く吹いた日、
女の子の小さな手では押さえきれなくて、
わたしはまた、大好きな空を、ふわふわふわふわ飛んでいたの。
かわいそうに、その女の子はいつまでも、いつまでも泣いていたわ。
それからこんなこともあったわね。
あれは確か、少し涼しくなって来た秋の初めだったかしら。
いつものように風に飛ばされて、
どこかの家の庭木の枝にひっかかってしまったのね。
それを見つけた、その家の男の人が自分の娘にプレゼントしたの。
その人の娘さんは、ちょっといたずら好きなおてんば娘。
よくいえば、元気で活発な女の子。
その人は娘のおてんばぶりにほとほと手を焼いていたのね。
そんな娘でもこんなきれいなぼうしをかぶったら、
少しは女の子らしくなるんじゃないかなと思ったみたい。
ぼうしをプレゼントされた娘さんは、やっぱり女の子ね。
すぐにわたしのことを気に入ってくれたわ。
でもね、最初のうちだけだったわ。
わたしをかぶると、しおらしくて、少しおとなしい感じがしたのは。
なにしろ、もともと活発な子だったから、
そのうち、わたしをかぶっていても元気に走り回っていたわ。
あまりにも元気すぎて、走り回っているうちにわたしがふわっと空に浮かんで、
そのまま風に飛ばされたことにも気づかずにいたくらいだったもの。
こうして考えてみると、ほんと、今までいろんな女の子たちと
楽しい時間を過ごしてきたわね。
でもね、わたしが今まで長い長い時間を過ごして来た日々は、
決して楽しいことばかりではなかったのよ。
あれは夏の冷たい雨が降る日だったわね。
その日、とても強い風に飛ばされて地面に落ちたわたしは、
そのまま冷たい雨に一晩中打たれていたの。
次の日の朝、雨ですっかりぬれていたわたしは、
道を通って行く子どもたちが飛ばす水たまりのしぶきでとても汚れていたの。
そんなわたしを一人の少女が見つけてくれたのね。
「まあ!こんなところにぼうしが!誰のものなのかしら。こんなに汚れてしまって」
わたしを誰かの落し物だと思った少女は、
ぼうしをなくして困っているであろう誰かのために、わたしを拾ったの。
そして自分の家で、優しく、ていねいに洗って、
きれいになったわたしをお天気のいい日に干して乾かしてくれたわ。
夏の暑い日差しと気持ちのいい風のおかげで、わたしはもとの姿を取り戻すことができたのよ。
拾って何日かは、少女は落とし主を探したりもしたけど、結局誰のものかわからずじまい。
そのうち少女は自分でかぶることにしたの。
ある日、少女が涼しい木陰でわたしをかぶって本を読んでいるときに、
吹いて来た気持ちのいい風に乗って、わたしはまた、ふわふわふわふわ空を飛んでいたわ。
それからね、こんなこともあったのよ。
あれは、雪が降りしきるとても寒い冬の日のことだったわ。
冷たい北風に飛ばされて、ある家の玄関先の木の枝にひっかかってしまったのね。
そんなわたしを、その家に住むおばあさんが見つけてくれたの。
わたしを見つけたそのおばあさんは、
「まあ!すてきなぼうしだこと。わたしがもう少し若かったらかぶりたかったわねぇ」と
言って、わたしを枝からはずしてくれたわ。
おばあさんの目には、きれいなピンクのリボンがついた少しつばの広いぼうしが、
とてもおしゃれなぼうしに映ったのね。
若い頃からおしゃれが大好きだったおばあさん。
何度も何度も鏡の前に立っては「今のわたしがかぶるには少し派手かしらねぇ」と、
つぶやいていた姿がとてもかわいらしかったわね。
おばあさんは寒い冬の間、暖かい部屋の中でよく編み物をしていたわ。
編み物が上手なおばあさんは、セーターにマフラーと実にいろんなものを編んでいたの。
もちろん自分の物を編むこともあれば、子どもや孫たちに編んであげたりもしていたのよ。
そして時々編み物の手を休めては、だんろの前のロッキングチェアーに座るのが大好きだったわ。
そのうち、日曜日に教会に行くときにわたしをかぶって行くようになったの。
教会に行くとみんなから、「すてきなぼうしね。よく似合っているわよ」と言われ、
おばあさんは、とってもうれしそうに笑っていたわ。
でもね、ある日の教会からの帰り道、
突然ふわっと吹いて来た風に乗って、わたしはまた、空の上に飛んで行ってしまったの。
さ~て、わたしの思い出話はこのくらいにして、
今日もまた、風に乗ってふわふわふわふわと、
大好きな空の散歩を楽しむことにしましょうか。
今度はどんな女の子たちに出会えるかしら。
みゆきさんが、このお話を書くきっかけになったキム・ソングン先生の作品です。